「建築についての書物」から「建築としての書物」へ――。
建築家は、紙面構成や印刷技術を駆使して、唯一無二の建築書を生みだしてきた。
質感、表面、旋律、構造、尺度という5つの切り口から建築書を解剖し、建築と書物の連関に迫る。

建築書の解剖学
ISBN:984306047051
体裁:B5・336頁
刊行:2024年9月
- プロローグ——はてしなく続く図書館の横断
- 第I 部
- 彩られた交差路——紙から宮殿へ
- 不器用な近代——『解放された生活』とジークフリート・ギーディオンの織機
- 第II 部
- 質感——手に触れて読むこと
- 表面——偶数頁と奇数頁の対話
- 旋律——内容の力動性
- 構造——建築的な仕組み
- 尺度——大きさのないもの
- エピローグ——ユーゴーの予言
- 訳者あとがき
- 索引
建築書の構法を明らかにするメディア史的挑戦
山崎泰寛
とにかく手にとってみてほしいと声を大にして言いたい。
建築家や理論家らが著した、建築にまつわる知の、建造物以外のもう一つの結晶である書物。それを、建物が建設されゆくプロセスを詳らかにするように、たとえるなら書物の構法史とでも言うべき、きわめて野心的な試みである。著者はポルトガルで建築系出版社を創設し、ポルト大学研究員でもあるアンドレ・タヴァレス。メディア制作の現場とアカデミズムを往復する魅力的なキャリアの人物だ。
写真や広告、展覧会といったメディアを戦略的に活用する建築家の仕事については『マスメディアとしての近代建築』(ビアトリス・コロミーナ 著、松畑強 訳、鹿島出版会、1996)に詳しいが、本書は建築家の側に立つというよりも、建造物や思想、理論がコンテンツとしていかに成立し、継承されていったのかを解き明かす点でユニークである。彼はこう言っている。本書がカバーする論点は「書き手が書物をどのように用いていたのかということであり、読み手に内容を知らしめる手段としての書物を扱うわけではない」。タヴァレスの関心は徹底して「書物の世界における知の流通」にあり、書物は建築的知に形を与える形式として扱いつつ、形式と内容がお互いに影響を及ぼし変化する独特の媒体として捉えられている。書物をその成り立ちに遡って解きほぐすことで、その背後にある社会の状況や世界観があぶり出される社会史的側面もある。CCAやETH-GTAといった巨大な建築アーカイブズの資料を駆使して、書物の設計と施工に込められた意図を解き明かす手法は洗練されており、今後の建築メディア史研究の基点となるだろう。
本書は二部構成をとり、第一部には全体の基底となる2本の論考が、第二部には著者が抽出した5つの論点が展開されている。第一部で取り上げられるのはクリスタル・パレスと、ジークフリート・ギーディオンの『解放された生活』(未邦訳)である。建造物と建築論という対照的な知的産物を論究の対象に据え、前者は建造物のイメージが数々の書物のなかで変容していく過程と意味が、後者は当代随一の理論家であるギーディオンが一冊の著書にかける深い編集的介入が鮮やかに描き出される。特にギーディオンが出版社とのヒリヒリするやり取りを通じて、「職人」(セネット)として書物を織り上げていく緻密さには圧倒される。
第二部は質感、表面、旋律、構造、尺度と5つの論点を各章とし、それらをウィトルウィウス、チェザーリアーノ、アルベルティ、パラディオといった古典からゼンパーやリシツキー、メンデルゾーン、そしてもちろんル・コルビュジエやライトといった近代の著者まで、さらにはモリス、モホリ゠ナジといった隣接領域の著者による書物を挙げ、物理的な成り立ちがひもとかれていく。各章を強引に言い換えるならば、本の手触り、レイアウト、ページネーション、図版構成、判型といった書籍編集特有の用語が導かれるだろう。こういった制作上の視点をさりげなく押さえてくるあたりに、タヴァレスの鋭い現場感覚を見て取ることができる。
本書の視点をさらに拡張するならば、たとえば『百科全書』の項目で挙げられたディドロやダランベールのような編集者の役割や、言語をまたいだ翻訳書のありよう、改訂というリノベーションが施された本、さらにはアナーキーな同人誌やポートフォリオ的な個人出版など、掘り下げたい対象がさまざまに思い浮かぶ。いずれにせよ、本棚に並べられた建築書を見るまなざしを間違いなく変えてくれる一冊だ。
(やまさき・やすひろ/近代建築史・建築メディア論、京都工芸繊維大学教授)
[初出:『SD2024』鹿島出版会, 2024]