槇文彦+槇総合計画事務所2015

槇文彦+槇総合計画事務所2015

時・姿・空間―場所の構築を目指して

槇 文彦/編著

4,000円(+税10%)

ISBN:9784306046269

体裁:B5・296頁

刊行:2015年10月

事務所設立50周年を機とした展覧会のカタログを兼ねた記念本。キーワ—ドによる画期的構成により、その思考を豊富なスケッチ、写真と共に余す所なく伝えている。初期からの槇文彦の設計思想と作品を知る決定版。

☆☆


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  • ・序文 槇文彦
  • ・風景に現れ出る輝き—槇文彦建築の50年、その〈人間性〉について 富永讓
  • ・視線と姿勢:槇総合計画事務所の50年 デイヴィッド・スチュワート
  • ・槇によるスケッチ
  • 旅、都市、田園、キャンパス、空間体、奥、群造形、集合体、ゴルジ体、ほか
  • 1:西方への旅 1959-1960
  • 2:回想・再生・新生
  • 東京大学卒業設計/ハーバード大学GSD時代の作品/名古屋大学豊田講堂/セントルイス・ワシントン大学スタインバーグ・ホール/加藤学園初等学校/在ブラジリア日本大使館/岩崎美術館/立正大学 熊谷キャンパス/沖縄国際海洋博 水族館/在日オーストリア大使館/トヨタ鞍ヶ池記念館/イザール・ビューロ・パーク/新国連ビル/4 ワールド・トレード・センター/ヒルサイドテラス/スクエア3 ノバルティス キャンパス/千葉大学ゐのはな記念講堂/横浜アイランドタワー/ペルー低層集合住宅/浮かぶ劇場
  • 3:空間体・姿・視線
  • ◎都市へ スパイラル/京都国立近代美術館/東京体育館/イエルバ・ブエナ芸術センター/東京キリストの教会/日本ユダヤ教団/ロレックス 東陽町ビル/ロレックス 中津ビル/スカイライン・オーチャード・ブールバード/長野市第一庁舎・長野市芸術館/シンガポール・メディアコープ/深圳海上世界文化芸術中心
  • ◎田園へ 前沢ガーデンハウス/藤沢市秋葉台文化体育館/霧島国際音楽ホール/風の丘葬斎場/TRIAD/三原市芸術文化センター/島根県古代出雲歴史博物館/希望の家 名取市文化会館多目的ホール/アガ・カーン ミュージアム/新刀剣博物館
  • ◎キャンパスへ 慶應義塾大学図書館・新館/セントルイス・ワシントン大学 サム・フォックス視覚芸術学部/ペンシルバニア大学 アネンバーグ・パブリックポリシーセンター/マサチューセッツ工科大学 メディア研究所/津田塾大学千駄ヶ谷キャンパス
  • ◎海へ セーブルージェ・フェリーターミナル コンペ案/シネマパレス コンペ案/ヴォサーリ・ニュータウン高層住宅 コンペ案/香港オーシャンターミナル
  • 4:群造形・集合体
  • ◎集合体 ヒルサイドテラス/慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス/未来創造塾/フランクフルト・マイン・センター コンペ案/イザール・ビューロパーク/シンガポール理工系専門学校キャンパス/シンガポール理工系専門学校拡張工事&シンガポール工科大学キャンパス/東京電機大学 東京千住キャンパス/国際仏教大学大学院大学/ビハール博物館/パッシブタウン黒部モデル/クスコ・サマナ・ホテル&レジデンス
  • ◎フォーム&カウンターフォーム 幕張メッセ&北ホール/台北駅再開発計画
  • ◎集合体への参加 テレビ朝日/スクエア 3 ノバルティス キャンパス/4 ワールド・トレード・センター
  • ◎円の集合体 ナランダ大学 コンペ案
  • 5:情景
  • 6:オープン・スペースの集合体
  • 槇文彦プロフィール
  • プロジェクト年表
  • プロジェクトデータ
  • 槇総合計画事務所所員リスト
  • 展覧会情報

世界の奥への小径

植田 実

この秋、代官山ヒルサイドテラスで開かれた展覧会「時・姿・空間─場所の構築を目指して」は、槇 文彦と創立50周年を迎えた槇総合計画事務所の活動を知る回顧、という以上に活動の現在真只中にたちまち巻き込まれてしまう。建築家展として周到な構成はほかに例がない。同時にこの時期に合わせて展覧会図録を兼ねた作品集(本書)、事務所所員の証言・解説を編集した50年史、槇へのインタビュー、その他の関連本が集中的に刊行された。

驚いたのは、こうした重層的な展示や記録に、経験や業績の重みとはむしろ反対の、初々しく若いイメージ、一般の建築家像を変えてしまうほどのイメージが強く表れてきたのである。そこに隠されている槇 文彦の世界に向かう三筋の道を、この展示と本から探してみた。

その1。

槇が米国と日本での処女作をそれぞれ完成させるその直前に訪れたアジア、中近東、ヨーロッパについては「西方への旅」として繰り返し言及され、エーゲ海の島やシンガポールのチャイナタウンの自然な佇まい、あるいは建設がはじまってまもないシャンディガールの様子を伝える槇の若き日々は、そのまま50年代終わりの時代を伝えている。

そのなかで、アテネのパナティナイコ競技場と広場、イスファハンのチャハールバーグ・ブールバードは、特に繰り返し語られ、彼自身の撮影による2枚の写真を何度も見せられるが、それは感銘を受けた自然や建築といった、経験のなかの出来事にとどまるだけではすまない印象を受ける。自然でも建築でもない。人間の手が入って、ある場所になっているとしか言えない曖昧な境界のよう思えるが、その曖昧さにおいてこそ唯一無二の光景になった。それは経験の単なる強化ではなく、自己放棄と発見の20世紀的命題に直結して見えている。

その2。

バーゼルに完成させたスクエア3 ノバルティス キャンパス(2009)の紹介に重ねて、アルフレッド・ロートが設計したチューリッヒの中層集合住宅(1936)に言及されている。「スイス近代建築の背後にある優れた施工精度とそれを支えるスピリット」を受け継ぐ意識がうかがえ、実際の建設現場で確かめられたに違いない精度が感じられる。この図録では、旅先のインドでル・コルビュジエ建築を訪ねた写真のほかにはロートによる「The New Architecture(1940)」から引用した上述作品の写真があるだけだ。当時は穏やかなモダニズム、すなわち設計のシステムさえ露わに見せない、透明度の質が堅固な印象があったが、槇の建築においては実に長い間ロートとの共鳴が続いていた。この静かな永続は巨人たるル・コルビュジエやミース・ファン・デル・ローエなどの時間とは違う。小さなスイスの建築ははるかに「世界」を意味していた。

その3。

口絵に当たるページでは、槇の「西方への旅」から始まる時代の流れが、そのときどきのスケッチやコンセプトメモなどでまず概観できるように構成され、その終わりに「Collective Form of Open Spaces」のキーワードが掲げられている。「建築群のあり方が決定する未来の都市ではなく」、Open Spacesすなわち「広場群」が「建築群」にとって替わる都市のあり方を伝えようとしている。このキーワードは巻末にもう一度、槇総合計画事務所の活動のこれからをアナウンスするように「オープン・スペースの集合体」という日本語も加えて掲げられているので、この視点によってもう一度いちばん始めから見直すことになる。それは最初期の建築作品からではない。西方への旅とそれに前後する学生生活の様子がゆったり紹介されている、そこから。作品回顧だけではない構成は本にももちろん反映されているが、ヒルサイドテラスの3カ所(部屋数でいえばもっと増える)の空間特性を存分に生かした展示はその意図をさらに明快に見せている。

「オープン・スペースの集合体」のキーワードに戻るが、それにはコンセプトともモデルともいえるシンプルな図が付いている。これが実にうまい。大小の長方形、角度を変えた正方形、十字形、円、双体の長方形の一部をカットした形などがややシンメトリカルに並べられて、ロゴマークみたいにも見える。キーワードがなければこれらの図形がOpen Spaces群を表しているとは気が付かない。むしろ建築群に見えるのだ。キーワードに添えられた、21世紀に期待される「コペルニクス的変革」とは単にオープン・スペースの重視という掛け声だけでは何も変わらず、だから建築を広場に切り替えるイメージをシンプルに強くデザインしてみせた。その「コペルニクス的変革」は実際にはより複雑な表れとなるだろう。島根県古代出雲歴史博物館(2006)のエントランスホールに入った瞬間、それまで大社からずっと歩いてきた屋外よりさらに空白といえるような静けさにほっと落ち着いた。設計者の名を受け付けの女性に訊いてはじめて知った次第だが、建築のなかにも広場はある。それは無限にある解答のひとつだから、迷って行先を見失うことがないように思いきりシンプルなマークを掲げた。槇 文彦と槇総合計画事務所の、特に海外において活発に見えてきた国際的基準を踏まえた設計の進め方(所員たちの発言を中心にまとめた50年史の特に第4回座談会に詳しい)に腐心している現在に圧倒される。作品集や50年史やインタビュー、そして展示が、高名建築家の履歴なんかではなく、読む者、観る者自身の問題に迫ってくる。建築から場所へと向かう意識を目覚めさせること。その作戦をきちんと立てることで物ぐさな時代を動かそうとしている。

(うえだ・まこと/編集者)

[初出:『SD2015』鹿島出版会, 2015]