ソーシャルデザイン・アトラス

ソーシャルデザイン・アトラス

社会が輝くプロジェクトとヒント

山崎 亮/著

2,500円(+税10%)

ISBN:9784306045804

体裁:A5変・232頁

刊行:2012年8月

災害復興や生活支援、環境保護の活動にデザインの力が求められている。仮設住宅、ライフライン、景観広告、食育菜園……コミュニティの持続的な安定を図る実践者とアイデアの数々。社会が輝くプロジェクトの世界地図。

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  • 1.Builducation——建てて学ぶ
  • 地産レンガでつくる学校/コミュニティを結束させる麦わら住宅/台風廃材のリサイクル家具/土のうでつくる涼しい仮設住宅/みんなで増築する公営住宅ほか
  • 2.Openspiration——創造を拡げる
  • 社会問題を伝えたくなる景観広告ほか
  • 3.TickettoPride——誇りを生み出す
  • 「食べられる校庭」の教育革命/がん患者を受けとめる「家」/まちを明るくするロープウェイ/コミュニティのつながりで甦った公園ほか
  • 4.Lifeconnection——命をつなぐ
  • 住民が修理できる石と竹の橋/水くみが楽しくなる遊具
  • 付録ソーシャルデザインを知るブックガイド100

社会の課題を解決する選りすぐりのデザイン図鑑

岡部明子

消費を煽るデザインが氾濫する今日にあって、本書では「社会の課題を解決するデザイン」54事例が紹介されている。

アフリカでは、水の調達に難儀している。転がして水を運ぶことのできるローラー型のタンクが、20万人以上の人の生活をぐんと楽にした。来る日も来る日も頭の上に水を載せ、長距離歩いて運ぶ日常を変えたのだ。どんな汚れた水でも人が飲んで安全な水に変えてくれる魔法のライフストロー。これらは、2010年に開催された「世界を変えるデザイン」展にも展示されていたものだ。

学生向けのデザインスタジオが実施しているプロジェクトも多数掲載されている。ベーシック・イニシアティブは、メキシコで、太陽熱を利用した調理器を給食センターに導入している。再生可能エネルギーを電気やガスなどエネルギーインフラの整っていないところで安価に使えるようにするささやかな技術が、そこに暮らす人たちに喝采で迎えられている。気候変動を緩和するためにはメガソーラーの技術開発も大切だろう。だが、経済的に低い水準にある人たちが気候変動による被害を最も受けやすい環境で暮らさざるをえない状況を考慮すると、気候変動と貧困の問題に一石二鳥で効を奏する手づくりソーラーは、規模は小さくてもその可能性は大きい。

ブラジルのリオで、「斜面に張りつくように密集しているスラムをキャンバスに描かれた顔たち」といえば、イメージが浮かぶ人も少なくなかろう。フランス人アーティストJRの作品だ。いくつもの目の放つ力強い視線が、スラムの厳しい現実をともなって、私たちの心に容赦なく突き刺さってくる。

バングラデシュの村に地元の人たちと協働で学校をつくって、一躍世界的に注目されるようになった建築家がいる。オーストリアで建築を学んだA・ヘリンガーだ。彼女は修士設計でこの小学校を設計し、その後資金調達に奔走した。土と泥と砂と藁を水と混ぜてつくる地元の工法による土壁が主構造で、その上に竹で組んだ2階および屋根が載っている。2007年にアガ・カーン賞を受賞している。

地元の建材や工法はよそ者には新鮮でも、地域の人びとはモダンな建材でできた立派な校舎のほうを迷わず求める。だが、結果的には、みんなで力を合わせて建て、自力でいつでも修理できる建物が、地域の自信と幸せにつながっていく。

中国中山間地の黄河支流に架かる橋のプロジェクトはその最たる事例だ。橋が豪雨で損傷しても、すぐに地域住民自らの手で修復することができる。自力でなんとでもなるインフラで生活が支えられているのは、究極の安全・安心だ。生活インフラの乏しい地域でこのような取組みの一端をひとたび体感すると、一般人の手を遠く離れた高度技術に頼って安全・安心を際限なく求めている私たちの愚かさを思い知らされる。

本書で取り上げているかなりのプロジェクトが、アジア・アフリカ・ラテンアメリカの貧しい地域に出かけて行って活動している。そこには切実な社会的ニーズがはっきりとあり、デザインでそれに応えることができれば、子どもたちの満面の笑顔に報いられ、デザイナー冥利に尽きる。

だがそれだけではない。こうして1冊にまとめられた多様な取り組みを見ると、現代においてデザインが世界に向かう必然性が浮かび上がってくる。社会の課題がグローバル化しているからだ。デザインが身近にある社会的ニーズに応えていれば、それがいずれ世界中に浸透し世界を豊かにする時代ではなくなった。経済開発が加速的に進むほど、地球規模で格差が拡大する傾向にあることが、今日抱える社会の最大の難題である。これらのプロジェクトは、ローカルに社会の課題を解決するデザインとしてすばらしいだけでなく、格差拡大というグローバルな社会の課題の一断面を鮮やかに切って見せている。その解決への道程はまだ見えないが、少なくとも、壮大な世界革命よりこうした小さな取り組みがつながることのほうが見込みがありそうだ。

『スラムの惑星』の著者M・デイヴィスが主張するように「富裕なコミュニティと豊かな国における実演事例で世界は救えまい。豊かであればあるほど、今や疑いなく、あふれるほどのエコ生活のためのデザインから選ぶことができる。しかし、何が最終目標なのか;セレブたちがゼロカーボンのライフスタイル三昧を謳歌することなのか、それとも、太陽エネルギーやトイレ、小児診療所や交通手段を貧しいコミュニティにもたらすことなのか。(Davis, M. (2010) Who will build the Ark?, New Left Review n61, 29–26.より引用)」

著者の山崎亮は、コミュニティデザインのカリスマ的存在である。彼の手法をマニュアル化してみたところで、やっぱり彼なしではうまくいきそうにない。彼の活動の土壌となっているのは、本書にぎっしり詰まった選りすぐりの事例である。本書を通して彼が熱い関心を抱いた事例を知れば、コミュニティデザインの山崎哲学の真髄に一歩近づけるのではないか。

(おかべ・あきこ/建築家、東京大学教授)

[初出:『SD2012』鹿島出版会, 2012]