アントニン・レーモンド建築詳細図譜[復刻版]



(*SOLD OUT)

アントニン・レーモンド建築詳細図譜[復刻版] (*SOLD OUT)

アントニン・レーモンド/著

15,000円(+税10%)

ISBN:9784306045972

体裁:A4変形リング製本・箱入・130頁

刊行:2014年4月

*品切・再販未定です。

日本から学んだディテールの奥義を、図面と写真で図解。木造からRC造、屋根・壁・床から家具まで、自作の詳細図に託された不朽のメッセージで満ちあふれる名著。1938年初版の造本を完全復刻し、翻訳解説を付録。

  • まえがき、気候条件、壁、床、屋根、天井、手すりと雨仕舞、乾式工法の矩計断面、窓、ブラインド・日除け、ふすま・折りたたみ戸、暖炉、居間、食堂、厨房、階段、浴室、寝室、客室、玄関、門扉、鐘楼、聖壇、家具(掲載作品:霊南坂の自邸、東京ゴルフクラブ、夏の家、赤星喜介邸、赤星鉄馬邸、川崎守之助邸、福井菊三郎別邸、聖ポール教会、ブレーク邸、ケラー邸、東京女子大学礼拝堂、インドの僧院、他)

アントニン・レーモンド建築詳細図譜!

塚本由晴

「素人にも専門家にも、今日の建築が個性の表現を望むのではなく、新たな混乱した形を望むのでもなく、また単にデザイナーの華々しさでもないということを、常に繰り返してのべる必要がある。現代のデザイナーの仕事が、主としてその方向への努力であるとすると、その作品は捨てられた流行の堆積に、ただつけ加えられることになろう。」

「あらゆる大建築が教える第1の原則は、当初から人間が基本要素として知っている、地方条件を考えることであり、この地方条件に指示される、最も論理的形態をもつ建物を認めることである。つまり花も動物も、異なった気候に反応するのである。」

 

上の文章は、第二次大戦直前の1938年に出版された本書の前書きから抜粋したものである。どこかに東日本大震災以降の建築家の言葉に通じるところがないだろうか。75年前に、すでにこのような認識に基づいて、建築設計の実践に向き合う建築家がいた。その人の名は、アントニン・レーモンドとノエミ・レーモンド。そのレーモンドの事務所が編纂した建築詳細図譜が鹿島出版会から復刻された。

私がこの本の存在を知ったのは2000年の頃だ。東工大で建築史を教えられている藤岡洋保先生の研究室で見せていただいた。レーモンドの建築は前から色々と参考にしていたのと、その本の編集がいわゆる建築家の作品集とは異なることに興味を持ったので、さっそく古書店やアマゾンで探してみた。しかし手に入らなかった。その後、2007年にUCLAでマーク・リーと共同で住宅を設計するスタジオを教えたとき、議論のなかで何度かレーモンドの名前が浮上した。そのことを覚えていたマークが、ロサンゼルスの古書店でこの本を見つけ、2010年に土産として東京に持ってきてくれた。それは第三刷で、印刷造本は日本、出版元はThe Architectural Forum、ニューヨークのロックフェラーセンターが住所である。これと今回復刻されたものを比べると、白黒の写真が少し粗い印象を持つものの、厚めの寒冷紗張りのような表紙、扉から目次までの数ページに使われている和紙、リング綴じ製本など、オリジナルに備わっている独特の手触りを忠実に伝えるものになっている。そこには、レーモンドの木造住宅の室内のような感触がある。

この本にはレーモンドの作品だけが掲載されているという意味ではモノグラフと言えなくもないが、内容は作品を単位とせず、建築部位や家具ごとを単位としている。まるで公共建築の標準詳細図のような編集である。

内容を見てみよう。最初は年間を通した東京での太陽の位置と、東京、大阪の気温、風速、降雨量、湿度を示したグラフのページと、子供が遊ぶ姿を捉えた春夏秋冬の写真のページの見開きである。その次は、片側に壁のカット写真、もう片側に壁の詳細図が配置された見開き。写真にはキャプションはなく、図面に添えられたキャプションにも作品名はない。あるのは、「木造軸組住居の壁の典型」「コンクリート住居」「特別な断熱が求められる倉」「教会のためのプレファブコンクリートとガラス壁」「工場の壁の斜軸測投象」「夏の別荘小屋」「木軸都市住居」「乾式工法住居」「真空ガラスブロック壁」といった、用途と構法を掛け合わせた分類的なキャプションと材料名だけである。寸法は入れず、スケールバーが各ページの下の方に描かれている。同様のフォーマットが床、屋根、天井、コンクリート造の笠木、木造乾式工法住居の典型的な断面と続く。レーモンドの木造作品には半割にした杉丸太などを用いた、シザーストラスという特徴的な架構形式があるのだが、この断面は和小屋を採用したものである。しかしよく見ると、床下の地面が庭よりも掘り込まれていて、1階床が庭に極めて近い低い位置に設定されている。さらにページを繰ると、この部分の木製建具の詳細が現れる。鴨居を大きく外側に張り出し、柱間装置であった引き違い戸を、外周の柱の線から解放するレーモンド特有のおさまりである。柱芯から外側に60センチ近く張り出している鴨居は、上部から鉄製のスティフナーによって補強されている。敷居の高さは庭からわずか20センチしかない。この奥行きの中に、網戸、2本引きのガラス戸、2本引きの障子が納められている。これは、ル・コルビュジエが掲げた近代建築の5原則のうち水平連窓と自由な立面に呼応しているとも読めるし、日本建築の縁側の閾としての性格を開口部の抱きの中に縮約しているとも読めるものである。靴を履いたまま庭と室内を行き来できる西洋の暮らしに定着された、内と外の空間の関係を、靴を脱ぐ日本の暮らしの中に統合しようとする詳細である。日本の木造住宅の要素を近代的、西洋的な原則を通して変形することによって生まれた、室内と庭の新たな関係である。

スチールサッシ、上げ下げ窓、オーニングなど、目新しい建具の詳細が続いた後、急に暖炉が登場する。これを機に一気に西洋的でモダンな室内、リビングルーム、ダイニングルームの詳細がかなりのページ数を割いて紹介される。この2室の詳細は平面と展開図が中心で、作り付け家具、暖炉、開口の関係をよく理解できるように配慮されている。とくに作り付け家具は、細部が多いこともあって数多く紹介されているが、これは考えてみれば日本建築では、ほとんど発達していない要素である。この部分と、最後の数ページを占める家具について紹介する部分は、読者に西洋近代の暮らし方を伝える意図を強く読み取ることができる。その後は、螺旋階段、風呂場、ゲストルーム、門扉、家具と続く。風呂場の天井板の重ね代のところに隙間をあけ、湯気をその内側に入れて排気するおさまりには、レーモンドの自然な要素のふるまいへの感覚が現れている。そして本は唐突に終わる。あとがきも無しに。

本書の構成は、2014年のヴェニス・ビエンナーレで、ディレクターのレム・コールハースが企画した、Elements of Architecture(建築の要素)に通じるところがある。ヴェニスでは、床、壁、天井、屋根、窓、扉、廊下、階段、斜路、エスカレーター、エレヴェーター、暖炉、トイレ、バルコニー、ファサードの15の要素ごとに、その歴史的展開が展示されていた。これにより建築家のビエンナーレではなく、建築のビエンナーレに戻そうとしたとコールハースは述べている。建築デザインの主体性は建築家にあるとする認識ではなく、建築デザインの主体は事物の関係性にあるとする認識である。その場合、建築家という統合的主体を必要とする作品単位ではなく、世界の多様な事物にひも付けられている建築部位に焦点が与えられることになる。その意図は、最初の引用文からも明らかであろう。

リビングルームやダイニングルーム、螺旋階段の紹介など、西洋近代の生活様式を伝える部分は、今となっては、さほど有効とは言えない。これに対して、庭と室内の関係をより近くする建具の改良などに典型的に現れているような、当時の条件や認識に合わせた日本の木造建築の再解釈、変形は、今も新鮮である。レーモンドの場合、そうした変形には、冒頭の引用文にも現れる「地方条件」との対応を通した日本建築の理解、あるいはその逆に日本建築を通した「地方条件」の理解、そしてもちろん当時の世界的な近代建築運動に対する理解が重なり合っている。それだけに、独特の複雑性や、奥行きのある建築の表現となっている。世界中を建築家が駆け回り、それぞれの地域において建築することが珍しくなくなった現代において、こうしたレーモンドの人類学的視点に裏付けられた方法は大いに参考になる。

最後にまた、レーモンドの言葉を引こう。

 

「私たちは、日本人から物質の自然な本質と外面の価値を学んだ。人工の仕上げを避け、非難すべき模倣を避けた。材料を選択する時、その実際的な価値ばかりでなく、自然の色や肌ざわりも考え、存続する様式として、真の調和をその方法で創造している。」

 (つかもと・よしはる/建築家、東京工業大学教授)

 [初出:『SD2014』鹿島出版会, 2014]