イタリア・ルネサンスの建築(*SOLD OUT)

イタリア・ルネサンスの建築(*SOLD OUT)

クリストフ・ルイトポルト・フロンメル/著、稲川直樹/訳

11,000円(+税10%)

ISBN:9784306045552

体裁:A4変・264頁

刊行:2011年6月

*品切・再販未定です。

15、16世紀を舞台としたブルネッレスキの誕生からミケランジェロの死までの、建築の巨匠たちのまれにみる活動を活き活きと描く。その内容は、最新であると同時に基本史料に確かに基づいた新たな総合的な記述である。

  • まえがき クワットロチェント
  • 第1章 ブルネッレスキとドナテッロ、ミケロッツォ
  • 第2章 アルベルティと同時代人たち
  • 第3章 フランチェスコ・デル・ボルゴとピウス二世およびシクストゥス四世治下のローマ建築
  • 第4章 ロレンツォ・デ・メディチ時代のフィレンツェ建築
  • 第5章 ルチアーノ・ラウラーナ、フランチェスコ・ディ・ジョルジョ・マルティーニとフェデリーコ・ダ・モンテフェルトロ治下の建築
  • 第6章 ブラマンテとロンバルディーア
  • 第7章 ヴェネツィアの初期ルネサンス
  • 第8章 インノケンティウス八世とアレクサンデル六世治下のローマ建築チンクエチェント
  • 第9章 ブラマンテとローマのブラマンテ派
  • 第10章 チンクエチェントのヴェネト建築
  • 第11章 ミケランジェロ第
  • 第12章 後期ルネサンス結論
  • 用語解説

優れた通史の翻訳出版

長尾重武

「ブルネッレスキの初期作品からパッラディオの死に至るおよそ百六十年の年月は、ひとつのまとまった時代を構成し、その時代の中でラテンの出自を意識した建築家の小集団が古代の理想にしだいに肉薄していき、それを新しい生活に導き入れるようになった。啓蒙的な合理主義と確実な本能に基づいて作業しながら、かれらは中世の語彙を古典の語彙で置き替え、それと同時に古代の原型に伝統的な機能や技術上の成果、中世末期の構成原理を注入していった。」

以上の文章はクリストフ・ルイトポルト・フロンメル著『イタリア・ルネサンスの建築』の結論の書き出しであるが、本書はその具体的な過程を描きあげた力作である。優れた通史の待望されていた出版に見事に答えたものとして特筆されよう。

ルネサンスを「再生」という意味の「リナシタ」と捉えて、『いとも卓越せる画家・彫刻家・建築家の生涯』(1555、1568)、いわゆる通称『美術家列伝』を書いたのはジョルジョ・ヴァザーリ(1511-74)であった。彼は自然と古代を軸に発展段階を考えたのである。13世紀後半のチマブエに自然主義の萌芽を、15世紀はじめのブルネレスキやドナテッロ、マザッチオの時代に古代の復興を、16世紀にいたってラファエロ、レオナルド、ミケランジェロらの巨匠の出現によって自然の模倣と古代の復興が完全になされたと考えた。けれども達成された美の規範は形骸化し、巨匠たちの作風、マニエラが重視されるようになり、マニエリスムへと変質していく、と考えた。ヴァザーリの考えかたはルネサンス観に大きな影響を与え続けた。初期ルネサンス、盛期ルネサンス、マニエリスムという段階論である。

フロンメルは初期ルネサンス、盛期ルネサンスというかわりに15、16世紀を明快に分け、しかしマニエリスムを安易に建築に適用することはしない。ミケランジェロやジュリオ・ロマーノの規範からの逸脱でさえ、「正統的なウィトルウィウス信奉者の教条主義的で常套的な態度から生まれる停滞を」乗り越えるのに有効ではあっても、古代の権威それ自体が疑問に付されることはなかったと考える。私もこれに同意する(拙論:美術大全集西洋12、15『イタリア・ルネサンス』、『マニエリスム』所収 小学館、1994、1996)。

イタリア・ルネサンス建築の優れた通史は、フロンメルが序論で言うように、1963年出版のピーター・マレーの『イタリア・ルネサンス建築』(長尾重武訳、鹿島出版会、1991年)に始まるが、その後、ルードヴィッヒ・ハイデンライヒとヴォルフガング・ロッツがそれぞれ15、16世紀を担当したペリカン美術史叢書の一巻として出された『イタリア建築1500-1600』(1974年)が重要である。私がはじめてローマのヘルツィアーナ研究所にロッツ博士を尋ねた1975年、この本が話題になり、難産だったことに対して、ペンギンブック社から届いたユーモア溢れる写真を大型封筒から出して見せてくださった。そこには水しぶきを立てて、飛び立つペリカンが写っていた。

フロンメルの本書の最も著しい特色は、上記2冊とは幾分違って、むしろヴァザーリのように、徹底した建築家の「列伝」として通史を書いていることである。マレーはブルネレスキへと至る前史を書き、「パラッツォ」や「ヴィッラ」という建築類型についての別の章を立て、ハイデンライヒもロッツもおおかたは列伝体で論を進めるのであるが、建築家の章とともに都市や地域や特別な建築課題をテーマにした章を立てている。フロンメルは本書で都市や地域が章の名称になっているときでさえ、ひとりひとりの建築家の作品がテーマであって、一人の建築家の初期修行に始まり、影響関係を示しつつ、順次主要作品を分析していく。時代背景や文脈、仮説に気配りしつつも作品を読むことを通じて詳細な影響関係を描き出していく。それは時代が下がるほど複雑になる。彼は序論で断言している。とりわけ「芸術作品としての建築を直接読み取ることが試みられている」と。

最後に、イタリア・ルネサンス建築研究においてめざましい進展があったここ3,40年の研究成果が本書には見事に反映されているが、そうした研究史的な註がないのが惜しまれるが、今後に期待したい。

(ながお・しげたけ/建築史家、武蔵野美術大学名誉教授)

 

[初出:『SD2011』鹿島出版会, 2011]